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最近幸瑶に友人ができた。黒軍の、綺麗な男らしい。おれは夢の中で幸瑶と話したときに聴くくらいだから、本物は見たことがない。騙されてないか心配だと呟くと、「別に騙されてたっていいよ」と返ってきた。その言葉に嘘はなかった。おれは幸瑶だからわかる。幸瑶の考えていることもわかるのだ。どうか幸瑶の行先には幸せな未来が待っていてくれ、と願った。

おれは幸瑶の一部だ。幸瑶に尋常ではない負荷がかかったとき、受け入れ難い現実が目の前にあるときにおれは幸瑶から切り離された。そこからはずっと幸瑶と一緒にいる。海梨幸瑶という大切な人格を守る存在だ。なのに幸瑶は、「キミも家族だからね」と言って、何か酷いことを言われている時だっておれを表に出すことはない。その理由はなんとなくわかる。幼い頃に目の前で両親を殺されたからだ。もう大切な人を失いたくないのだろう。おれはそんな存在じゃないというのに。昔におれの存在意義が揺らぐと言えば、「ボクと一緒にいてくれるだけでも充分なんだよ」と微笑みながら言われた。こう見えて結構頑固な幸瑶に何を言っても無駄だろうと思い、それからは不満を言葉に出すことはなかった。ただ、流石にこれ以上はまずいと思った瞬間にはどんな状況であろうと裏表を切り替えることにしている。それはおれなりの譲歩であり約束だった。

どんよりとした雲の下で初めて男にあった。幸瑶の言っていた通り、綺麗な男だった。「……幸?」と声をかけられた。声も初めてしっかりと聴いた。いつも水の中にいるような、ぼんやりとした音でしか聴こえなかったから、新鮮だった。
「お前さ、あんまり、おれ、……幸に関わりすぎるなよ。」
これは忠告だ。いや、もう遅いかもしれない。相手が幸瑶の事をどう思っているのかおれは知らないが、もし好意を持ってくれているのなら、苦しい未来がくる。幸瑶は幸せになりきれなかった。
「お前と会ってから幸は変わったよ。そのことに関しては感謝してる。けど、さ、きっとお前にとって最悪の未来がくるから。」
とある部隊からの、密かな通告。それは幸瑶にしか見られることのない手紙だった。一番上を潰さないと納得できない、好戦的な部隊があちらにもあるようだ。幸瑶はそれを受け入れていた。勿論反論はしたが、「ボクが死んで戦が終わるならそれでいい」ときっぱり言い放った。戸惑いを隠しきれない祐喜に言葉を紡ぐ。
「未来が見える、とかじゃない、話がそうなってるんだろ。……知らないのか?近いうち、黒軍で大きな作戦会議があると思うぜ。……じゃ、おれは寝るから。もう会うことはないだろうな。おやすみ。」
背中を向けて草の上に寝転ぶ。祐喜は何も言わなかった。

恩人に対しての感謝と謝罪を述べた手紙を送った次の日、遂にその日がきた。さんさんと照る太陽が憎たらしい。これから向かうおれ達の未来なんて世界には全く関係ないのを思い知らされるようだ。手には白く上等な箱を持って、幸瑶は司令室へと向かった。大きな扉を開き病室のように白く冷たい中へと入る。暫くモニターを眺め、傍に落ちていた欠けた王の駒を見て「ボクと同じだね」と言っていた。そんなことない。今まで白軍を勝利まで導いてきた幸瑶は立派な王様だとおれは思っていた。直接伝えたことはないけど、幸瑶はそれを知っていただろう。それが、少しでも幸瑶の支えになってくれていればいいのだけど。ゆっくりと扉が開かれる。祐喜が立っている。くると思っていた。いや、来てほしいとおれはずっと思っていた。アイツといる幸瑶は幸福に満ちていた。おれも温かく柔らかいそれに包まれて、これが幸せか、なんて思ったりした。今までそんなものを強く感じたことはなかったから。そんな、幸瑶とおれに幸福を教えてくれた男が近づいてくる。……あぁ、おれが見ているのは無粋というものだろう。どうか、どうか幸瑶を奪い去ってくれますように。目の前に立つ美しい男が、幸瑶の手を引いてくれることを祈っておれは真っ暗な底へと沈んだ。

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