top of page

最近さむい。ツンと張った空気が肌に刺さって寒いより痛い。数日前まであったかくて、日向ぼっこ日和で、ゆったりした空気が漂っていたはずなのに!
「ね〜幸瑶〜。」
「ん?」
「寒いのって起きたらいつも窓全開にしてそのままにするからじゃない……?」
「……。」
そう言われればそうかもしれない。いやでも、換気は大切だと思うんだよね、それに、生の太陽の光を浴びることも重要というか。死なないっていっても、そういうところは忘れちゃダメだよね。ほら、太陽の光が祐喜の髪の毛に反射して、ルビーみたいに輝くでしょ?ね?うんうん、窓を開けることは大事だな〜。
「今は夜だしそれ全然関係ないからっ!しかもいいつつ窓閉めてるし!なんなの!?」
「寒いもん。」
「うん……。」
窓を閉めてみれば、確かにちょっと温いかもしれない。そうは言っても築何年かしらないけど結構古いボロアパートは隙間風だって吹くし雨漏りもする。やっぱり寒い。布団はぺらっぺらだし。厚みがほしい。あ、
「内臓でも詰めとく?」
「幸瑶のその突飛なこと言い出す所、嫌いじゃないよ……。」
突然の愛の言葉に照れてしまう。嬉しいね〜。
「えへへへ、祐喜好きぃ。」
「うん、俺も好き……。」
少し遠い目をしている祐喜を横目に近くにあった包丁をたぐり寄せる。これも大分錆びてきたな〜。
「詰めるとしたら何処がいいかな〜。腸とかどう?」
「切腹するみたいになってて面白いよ。」
「面白さは求めてないんだなぁ〜。」
無表情で返されて面白いという気持ちを全く感じさせてくれないし。本題には一切触れてないし。一体なんなんだ!ボクは怒って勢いよく立ち上がり思い切り包丁を床に叩きつけた。その瞬間バキッと音がして包丁が折れた。悲しい。ボクのせいで貴重な刃物を破壊してしまった。床に座り込みそのまま前に倒れて頬を畳に擦り付ける。
「情緒不安定なの?」
「はぁ……。全部寒いのが悪いもん……。」
頬と畳をくっつけたまま血まみれでぺらっぺらの布団を掴む。温もりが一切感じられない。温まりたい。
「……銭湯でも行く?」
「ふぁ、行く!」
嬉しい!今は二人とも四肢がちゃんと揃ってるし、齧って足りない部分だってない!小躍りしだしそうな程喜んでるボクを祐喜はしょうがないなぁ、みたいな顔で見ている。祐喜のその顔はかなり好きで、なんだってしょうがないなぁで許してくれる祐喜本人も好きだ。なんだってはいいすぎたけど。この前祐喜の髪の毛を売れないホスト風にしたら「なんでこんなことするの!?」と怒られたから、嘘をついてしまった。
「ほら、着替えてはやく行こう?」
「ん!」
血がついた半袖を脱ぎ、かなり前に通っていた高校の制服に着替える。……制服って結構あったかいね。玄関に置いていたスニーカーをつっかけてたてつけの悪い扉を開く。ギイィと耳障りな音はいつまで経っても好きになれない。手で扉をおさえて祐喜を待つ。ネクタイもきっちりしめる祐喜を見るとしっかり者だなぁと思う。しゃがみこんでスニーカーをちゃんと履いた祐喜とボクは正反対なところがあったりして面白い。それに、ボクは靴をきちんと履かないから祐喜の靴を間違えて履くと、踵の部分がぺちゃんこになって怒られるのだ。
「何考えてるの?」
カンカンと階段を降りる甲高い音が静かな街に響く。
「祐喜の靴の踵をつっかけてぺちゃんこにすると祐喜が激怒して暴力をふるわれたよなって思ってる。」
「!!?暴力ふるってないからね!?」
「あはは、冗談だよぉ。」
ボクの腕を祐喜の肩にまわし、自分の体に引き寄せ唇をあわせる。祐喜の方が大きいから少し爪先立ちをしないといけないのが憎い。ほけっと間抜けヅラをしている祐喜の手を取り、コンクリートの地面を走り出す。ふと空を見上げると黄色の月はボクらを見守ってて星はキラキラ笑ってて、何だか無性に楽しくなってくる。
「ほら、はやくいこ祐喜!」
「え、あ、うん!」
もう寒さなんて感じてなかった。

おしまい

bottom of page