Sekai In Futon
「暁がいる……。」
と囁かれているのを耳に入れながら、俺はポケットに手を突っ込んだまま自分の席に座っていた。最初からいるのは久しぶりな気がする。普段は一限どころか、ホームルームにも参加しないしね。
気が向いたら教室に足を運ぶ。放課後は女の子と遊ぶ。自由になったけれど、毎日楽しいかと言われたらそうでもない。そういうキャラを作ってるものの、あー俺何してんだろー、とかやっぱり思っちゃうわけ。皆からは性欲大魔神とか思われてるかもしれないけど、別に性欲強いわけじゃないし。むしろ薄い方だし。多分ね。求められたから返す、そういう生き方なんだよ俺は。自分の手に何も残らなくても、皆が幸せならって笑っていた、純真無垢だったあの頃。環境は大きく変わった。それでも、俺は、俺自身は変われているんだろうか。
行儀悪く中途半端に椅子に腰掛けてぼーっとしていたら、見覚えのある黒髪の青年の姿が見えた気がした。一瞬視線をあげる。なんで1年がいるの。ここ、2年生の教室なんだけど。普段と一切変わらない顔でツカツカと室内に入り俺の前に立つ。
「教室にアンタがいるなんて珍しいですね、槍でも降るんでしょうか。」
第一声がこれか。と少し笑いそうになってしまった。俺も嫌われたもんだね。まあ、入学当初から女の子と遊びまくってるから、大体の男子からは嫌われてるけど。でも彼の嫌いは少し違う。俺が彼の言うことを聞かないから鬱陶しく思われているのだ。
「ふぅん?天気予報じゃ快晴って言ってたけど?」
少し嫌味ったらしく聞こえたその言葉をかわす。ちょっと嫌な顔をされたが気にしない。暁時雨はそんなことで動じる男じゃないからね。
今日も俺を探してたんだろうか。毎度毎度ご苦労なことで。こんな俺に振り回されて可哀想だね。放っておけばいいものを、と思うものの彼─須桜ちゃん的にはそうはいかないのだろう。なんせ須桜ちゃんと俺は同じ隊に所属してるし。先生に頼まれてるっぽいし。部下の面倒見るのも上司の務めってね。俺は面倒見るの好きだけど、須桜ちゃんは苦手そうだな〜。なんてぼんやりと失礼なことを思いながら要件を促す。
「で、何しに来たの。俺の綺麗な面でも拝みにきた?」
「違いますけど。昨日の会議の資料を渡しに来ただけです。こういうの共有しておいた方がいいでしょう。」
斜め上からの冷ややかな視線を浴びながら資料を受け取る。確かに共有してくれるのはありがたい。ので。
「お〜、ありがとう須桜ちゃん。」
と素直に感謝の気持ちを口に出したら、今まで見た事のないような変な顔をされた。あのさぁ、俺そんなに感謝しなさそうな人間に見える?……見えるか。本当は礼儀正しめの人間なんだよ。と、いってもそれを須桜ちゃんの前で出すことはきっとないだろうね。
「……いえ、先輩が死んだら困りますので。」
おぉ、こんなんでも一応仲間意識は持ってくれているのか。なんて思ったけれど数秒で考えを改める。多分自分のたてた計画が崩れるのが嫌なんだろう。出会って2ヶ月、それは伝わってきたし。男とはいえかなり美人だから冷めた視線がよく刺さるね。冷静沈着、まるでお手本のような作戦を立てる。良くも悪くも機械的。コミュニケーションも得意じゃないっぽい。というか、基本的に他人に興味がなさそう。そう思うと、須桜ちゃんに何らかの感情を抱かれてる俺は結構レアな存在なのかも?なんて思わなくもない。元から冷たい人間なのか、そういう風に育てられたのか。そこまではわからないけど、後者だと少し親近感が湧く。嬉しくない親近感だ。
「じゃあ俺は戻ります。明日もちゃんと来てくださいね。」
「ほんとに今日槍が降ったら来てあげるよ。」
「……。」
あら、無視をされてしまった。ま、これ以上仲が悪くなることはあっても、仲良しにはなんないだろうな。俺はそう思いながら、須桜ちゃんの背中に向けて左手をヒラヒラと振った。